『鬼気なる論争〜致死量の豆〜』小牧ハル著 「人は俺等んことなめとったい!」  顔を真っ赤にした彼が突然吠えたので、他の鬼たちはビクリと身を震わせた。 「ま、まあ博多代表、落ちついて……」  薄青な顔した会議進行役の東京鬼は、ハンカチで角のまわりに浮かんだ汗を拭く。 「ご承知のとおり、今回皆さまに集まって頂いたのは近年益々悪化する人間界での私たち『鬼』の扱いに歯止めをかけるためでありまして、決して愚痴をこぼして頂く場の提供ではございませんので……」 「そやそや」  腕を組んで深くうなずく鬼の前には、大阪代表の名札……。 「いまさら、やわな。愚痴ならお母ちゃんのオッパイ吸いながらいくらでも言っといたらええんや。今回集まったんは『鬼権』の保護が目的やないか。送ってきた書類、読んだやろ? それとも九州もんは直進しかしらんイノシシなもんやから、開催目的なんてこ難しい事、博多はんには、わからへんかったんかああ?」 「な!」  ぶるぶると怒りに震える博多代表を見て、進行役は目を覆った。 「何ちかあ、きさま!」  机の上に立って博多代表が叫ぶ。 「喧嘩ば売っとうとかあ!! 何がいのししか! 博多は豚たい、豚骨たい!」 「とくに黒豚。おいどんも大賛成!」 「メンソーレー、たしかに黒豚そりゃソーネー」  九州の鹿児島代表と沖縄代表も立ち上がった。 「まあまあ」  熟練顔の鬼が押さえに入る。 「鬼同士が争っても無意味ですよ、皆さん」 「そりゃあそうやけど……」  結局説得されて博多代表たちは気恥ずかしそうに席に着いた。 「さすが桃太郎と戦っただけのことはありますね、岡山代表」  進行役の言葉に彼は答える。 「敵は唯一人間なのです。うちの地区の集も、内輪の争いの虚しさを芯より理解しているつもりですよ。私も、ツノが折れ……いや、角が取れて丸くなりました。さあ、会議を続けましょう!」 「ええ!」  いつもより青味に磨きのかかった顔に笑顔を浮かべて進行役が皆に言った。 「さあて皆さん、今回最も重要な議題は、あの憎らしい人間どもの我々に対する最大の侮辱、節分についてであります。我ら東京地区では、前回の節分に十名の調査員を人間家屋に送り込むことに成功しました!」  おおっ、と会議室がどよめく。 「お静かに、お静かに、皆さん。十名、人間界に侵入させることに成功いたしましたが……生還調査員は……………………一名……」  一瞬の沈黙。  なんだって! ひどい! 人間どもめ! 鬼たちは怒って騒ぎはじめた。机を叩き割る鬼がいれば、金属バットを振り回す鬼もいる。進行役はマイクの音量を最大にして続けた。 「命からがら任務を成功させた部下を紹介いたします。小梨調査員、入りたまえ」  会議室に入室してきた彼を見て、暴れていた鬼たちは絶句した。とても凄い怪我だ! 骨折した腕を三角頭巾で胸の前に固定し、無事な方の腕で松葉杖をついている。身体中の擦り傷、切り傷、刺し傷、割れ傷、裂け傷、火傷と人の歯形。きっと何らかのストレスで身体の抵抗力が薄れ、人間界の人いきれにやられたのだろう。……それに彼、赤鬼なのに、顔にはなんと青痣がある!  「なんてこった」  寒さに慣れているはずの北海道の鬼でさえ、背筋に冷たいものを感じてしまった。 「小梨調査員」進行役が言う。「さっそく報告を始めてくれたまえ」  はい、と返事した彼を皆は、牙の突出した口で固唾をのんで見守った。 「私が透明になって潜入しました先は、高層マンションの一室であります。そこには一人の幼い娘を持つ夫妻が住んでおりました。さてさて、それでは節分の当日。ご夫人が娘をあやしながら洗濯をしておりますと……」  クスっと誰かが笑う。小梨調査員は肩をすくめて続ける。 「……ご夫人が洗濯をしておりますと、来客を告げる怪しい呼び鈴が鳴りわたり、はいはいと夫人が玄関へ向かってドアを開けました。そこには、身も心も青ざめる恐ろし気な紙の面を被った主人が立っておったのですが、驚くべきことに夫人はそれを見ると、『鬼がきたあ』と述べ、主人に向かって娘に落花生を投げ付けさせたのであります。間に立っていた私が慌てて飛来する豆を避けますと、主人は面をとり『鬼はにげちゃったよ』と娘を抱きかかえて笑いました。主人の動向をその後観察しますと、なんと恐怖の紙の面は我ら鬼に似せて造られたものであることが判明したのです! さらに、娘を寝かしたのち夫人は先の落花生をホウキで集め、殻を割り食しておりました! なんという合理主義、いややもとい図々しいのでしょう! 豆に我々を祓う力を求め、そしてそれが済むとなると、今度は自分の胃のなかに納めるとは!」  興奮する小梨調査員の言葉に秋田代表の鬼がつぶやく。 「必要な時だけ利用する、それが人間ってもんだよ君」 「さすがはナマハゲ経験のある方の言葉は重みがちがうな……」 「さて、以上で調査員からの報告は終わりです。皆さんは節分についてどのような対策法をお考えになられましたでしょうか?」 「対策もなにもなあ」  鬼たちは困った顔をして意見を出しあった。 「聞いたっちゃけど、日本の人口はやね、海外からの移住者のせいで増加してるらしと。んで移住者たっちゃ日本の文化に高い興味を持っとるっちよ……」 「なんと! これ以上列島中で節分に豆がまかれるとするなら、我々の逃げ場所がなくなるんじゃあないかい?」 「じゃけど国際化の妨害はできんけんのぉ」 「では至急、近場の難民受け入れ国の調査を開始しましょう」 「まて、我らは難民か?」 「大丈夫です。国際避難民機関に包み菓子の一つや二つ送れば、それはもう難民の地位は確実かと……」 「な、なにを言っとる! だめだだめだ。きっと国際問題になるぞ!」 「んだな、なんべく平和解決で……」 「豆のない場所くさ……」  一匹の鬼があっと声を上げた。 「どうしたどうした?」  注目する皆にその鬼は言う。 「平和の象徴で、我らのニガテを食らってくれる生きものを思いついたぞ!」 「なんや、ゆうてみい」 「鳩だよ、ハト」 「ソレハ、イイ提案デース」  今まで黙っていた赤い顔の在日米鬼が拍手する。 「ステキネ、サッソク、鳩ツカマエテ、タクサン繁殖サセマショー」 「よし、繁殖だ繁殖」 「でもどこにいるんだ?」 「神社とか……、公園とか駅とかだがね」 「あきまへん、人間は鳩と見ると手持ちの豆を投げ付ける習性があると聞きましたで。鳩のそばにいたらまき添いを食らいますわ」 「はあ、それは初耳な」 「その話、わしも知っとる。そしてな、憎らしき人間らはな、鳩に豆を投げると、快楽を感じるんだと」 「ナント!」 「面食らったあ」  うむむ。  鳩に豆鉄砲。